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大阪地方裁判所 平成元年(ワ)6794号 判決

原告

山本幸代

被告

東京海上火災保険株式会社

主文

一  被告は、原告に対し、一二一万円及びこれに対する平成元年一月一一日から支払い済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その九を原告の、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、一二五〇万円及び右金員に対する昭和六三年一一月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

次の交通事故が発生した(以下、「本件事故」という。)。

(一) 日時 昭和六三年一一月一七日 午前〇時四三分ころ

(二) 場所 大阪府富田林市寺池台四丁目三番地先路上(市道、以下、「本件事故現場」という。)

(三) 加害車両 自動二輪車(登録番号、一和泉け六六六〇号、以下、「正明車」という。)

右運転者 訴外山本正明(以下、「正明」という。)

右所有者 右同

(四) 被害者 訴外山本正明(正明車の同乗者、以下「広明」という。)

(五) 事故態様 正明は、正明車の後部座席に広明及び訴外裏隠居博士を同乗させて運転中、対向して進行してきた訴外熊崎泰規運転の普通乗用自動車(登録番号、和泉五二た二六五七号)と正面衝突し、その結果、右三名共死亡するに至つた。

2  責任原因

(一) 運行供用者責任(自賠法三条)

正明は、本件事故当時、加害車を所有し、これを自己のために運行の用に供していたものであるから、自動車損害賠償保障法(以下、「自賠法」という。)三条に基づき、広明の死亡により、広明及び原告が被つた後記損害を賠償すべき責任がある。

(二) 契約の締結

正明は、被告との間において、被告車につき、本件事故発生日である昭和六三年一一月一七日を保険期間内とする自動車損害賠償責任保険契約を締結していた。

(三) 相続

原告は、被告者広明の母であり、訴外佐々木常治は広明の父であるところ、広明には他に相続人がいないから、原告は広明の死亡にともない広明の正明に対する損害賠償請求権をその法定相続分である二分の一の割合で相続した。よつて、原告は被告に対し、自賠法一六条一項に基づき保険金額の限度である二五〇〇万円の二分の一である一二五〇万円を請求する権利を有する。

3  損害

(一) 広明の損害と相続

(1) 死亡による逸失利益 二二九〇万〇五五一円

広明は、本件事故当時、昭和四六年八月八日生まれの満一七歳の健康な男子であつたから、本件事故に遭遇しなければ、一八歳から六七歳までの四九年間にわたつて就労することが可能であり、その間少なくとも昭和六二年賃金センサス第一巻第一表・産業計・企業規模計・学歴計・男子労働者の一八歳ないし一九歳の平均給与年額である一九二万八五〇〇円の収入が得られたものというべきところ、同人の生活費は収入の五〇パーセントとするのが相当であるからこれを控除し、ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して同人の死亡による逸失利益の現価を計算すると、二二九〇万〇五五一円となる。

(算式)

1,928,500×(1-0.5)×(24.7019-0.9523)=22,900,551

(2) 相続

原告は右損害額の二分の一である一一四五万〇二七五円を相続した。

(二) 原告の固有の損害

(1) 慰謝料 八〇〇万〇〇〇〇円

本件事故によつて子を失つた原告の精神的苦痛を慰謝するための金額としては、少なくとも八〇〇万円が相当である。

(2) 葬儀費用 八〇万〇〇〇〇円

原告は、広明の葬儀を執り行いその費用として八〇万円を要した。

(以上の合計金額 二〇二五万〇二七五円)

よつて、原告は被告に対し、本件交通事故による損害賠償として、右金額のうち保険金額の限度額一二五〇万円及び右金員に対する不法行為の日の翌日である昭和六三年一一月一八日から支払い済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の各事実は、すべて認める。

2  同2の各事実はすべて認める。

3  同3の事実のうち、(一)の(2)の相続及び(二)の(2)の事実は認めるが、その余は争う。

尚、遅延損害金の起算日は、本件事故発生日の翌日ではなく、保険会社に対する請求の日の翌日とすべきである。

三  抗弁

1  混同による損害賠償請求権の消滅

原告は、本件事故の被害者である広明の母であるとともに、被告車を保有しそれを自己のために運行の用に供していた正明の母でもある。

そして、広明と正明とは本件事故により同時に死亡した。その結果、原告は広明の損害賠償請求権(債権)と正明の損害賠償責任(債務)とを同時に相続したことになるから、右損害賠償請求権と損害賠償責任は混同により消滅したものである。

被害者の保険会社に対する自賠法一六条一項に基づく直接請求権は、同法三条に基づく損害賠償責任の発生を前提としているから、これが混同により消滅した以上、右直接請求権もまた消滅したと解せられるから、原告の被告に対する本訴請求は理由がなく失当である。

2  過失相殺

仮に、会社が有責の場合には、被害者である広明には重大な過失があるから損害賠償額を減額すべきである。

3  損益相殺

被告は、原告に対し葬儀費用として八〇万円を支払つた。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1は否認する。

仮に、自賠法三条の請求権が混同によつて消滅したとしても、自賠法一六条の被告会社に対する直接請求権は消滅しない。

2  同2は否認する。

3  同3は認める。

五  再抗弁

1  相続放棄

原告は、被相続人正明に対する相続につき、平成元年六月一二日、大阪家庭裁判所堺支部に相続放棄申述の手続きをしたところ、同年八月一八日、右申述は受理された(事件番号、平成元年家第五一三号)。

民法九一五条一項所定の熟慮期間は相続人が相続財産の全部もしくは一部の存在を認識した時から起算すべきであるので、原告が被相続人正明の損害賠償債務の存在を知つたのは、被告から支払不能の通知のあつた平成元年五月二二日頃から進行したことになり、したがつて右相続放棄の申述は熟慮期間内になされたから有効である。

よつて、原告は、広明の債権は相続により承継しているが、正明の債務は相続放棄の効力により承継していないので、混同による消滅はしていない。

2  信義則違反もしくは権利の濫用

仮に、原告の相続放棄の申述が熟慮期間を経過したとしても、その責任は被告にあるから被告がその旨主張するのは信義則に反し権利の濫用になる。即ち、原告訴訟代理人は、乙第二一号証(平成元年三月七日付内容証明郵便)をもつて、本件は混同にならないとの見解の基に死亡保険金の支払い請求をしたのに対し、二ヶ月以上も経過した時点で回答しておきながら熟慮期間は経過しているとの主張は自らの責任を回避するものである。もつと早く回答すれば熟慮期間内に相続放棄ができていたはずである。

六  再抗弁に対する認否

1  再抗弁1は否認する。

相続放棄の熟慮期間の起算点は、「原則として、相続人が相続開始の原因たる事実及びこれにより自己が法律上相続人となつた事実を知つた時」とされるべきであり(最二判決昭和五九年四月二七日言渡)、それは広明及び正明の相続開始日である昭和六三年一一月一七日であるが、「例外的に、原告が相続財産の全部又は一部の存在を認識した時又は通常これを認識しうべき時」を起算点とするとしても、原告は正明が本件事故の加害者であること、加害者なら損害賠償債務を負うべきことは既に事故当日から知つていたかもしくは知りうべかりし状況にあつたから、右期日から起算すべきである。

仮にそうでないとしても、原告代理人から被告へ混同に関する意見を述べた平成元年三月七日付内容証明郵便が送付されており、その頃には原告は既に混同の意味を知つていたか又は容易に知ることができたはずであるから、遅くとも右期日から起算すべきところ、原告の相続放棄の申述は既に熟慮期間を徒過しているので無効である。

2  同2は否認する。

七  再々抗弁(権利の濫用)

原告の相続放棄は、本件混同を回避するためだけに行われたものである。このような相続放棄が許されるならば、一つの交通事故という事実から発生し、原告に帰属した、本来は人格的に可分することができない効果を技術的に可分し、そのうち有利なもののみを取得するという不公平が容認されることになつて妥当ではない。従つて、権利の濫用となつて無効である。

八  再々抗弁に対する認否

否認する。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  本件事故の発生

請求原因1の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二  責任原因2の(一)(運行供用者責任)、及び同(二)(自動車賠償責任保険契約の締結)については、いずれも当事者間に争いがない。

三  そこで、被告は、そもそも本件においては混同になる事案であると主張して原告の請求の棄却を求めるのに対し、原告は混同を回避するために加害者たる正明につき有効な相続放棄の申述がなされたと主張し、さらにこれに対し、被告は熟慮期間の徒過もしくは権利の濫用により右相続放棄の有効性を争うので、以下これらの各争点につき検討する。

前記争いのない事実に、成立につき争いのない甲第一ないし第五号証、第六号証の一、二、第七号証、乙第二一ないし第三四号証、第三五号証の一、二、及び原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば次のとおりの事実が認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

1  広明及び正明は、昭和四六年八月八日生まれの事故当時一七歳の双子の兄弟であり、広明が長男、正明が二男であるところ、昭和六三年一一月一七日、正明が後部座席に広明及び訴外裏隠居博士を同乗させて正明車を運転中、本件交通事故により、右三名は同時に死亡した。広明及び正明の母である原告は、右事実を同日午前四時頃知つた。

2  原告は、同年一二月頃、広明につき、正明と被告との間において締結されている自動車損害賠償責任保険契約に基づき保険金の請求ができることを知つたので、訴外湯川公明に請求手続の代行を依頼し、右訴外人は平成元年一月一〇日、被告に対し、自賠法一六条に基づく損害賠償額の請求手続を行つたところ、平成元年一月一三日頃、被告から原告に対し、広明の父である訴外佐々木常治にも前記請求権があるので関係書類の追完を求める書面が送付されたが、原告と訴外佐々木とは既に離婚して訴外人の住所がわからなかつたため、右訴外人の手続はとらないままとなつた。

3  その後、被告は、前記一件書類を管轄の大阪第一調査事務所に送付し、右調査事務所は本件をいわゆる本部稟議事案であると判断してその上部機関である近畿地区本部に送付し、同本部で調査検討した結果、平成元年二月二二日頃、近畿地区本部長は右調査事務所に対し、本件は全混同事案なので葬儀費及び文書料のみ支払う旨の回答をしたので、右調査事務所は葬儀費につき八〇万円、文書料につき一六〇〇円の算定をして一件書類を被告に返送した。

同年三月一日頃、被告は原告に対し、合計八〇万一六〇〇円を支払う旨の通知をし、同月七日頃、原告指定の口座に右金額を振り込んで支払つた。

4  原告は、死亡保険金が支払われないことに不審を抱き、訴外湯川を介して被告にその理由を聞いてもらつたりしたが納得がゆかず、原告代理人松井隆雄弁護士に相談するに至つた。

原告代理人は、同月七日付内容証明郵便でもつて、被告に対し、被告は原告の請求権は混同により消滅するという見解であるが、それは誤りであるとし、混同にはならないという見解に基づき、死亡保険金一二五〇万円の支払いを請求するとともに、その頃、原告代理人名で自賠責保険金請求手続をとり、それに必要な原告から原告代理人への委任状及び印鑑証明等の書類も提出された。

被告は、右手続を前記支払いに対する異議申立事件として扱つたが、同年五月八日の近畿地区本部長から調査事務所への回答によれば、今回も前回同様全混同事案として処理する旨の内容であつた。

右回答に従い、被告は原告に対し、同年五月二二日頃、原告に帰属した債権債務は混同により消滅したから支払えない趣旨の理由を明記した書面でもつて支払い不可能の通知を行つた。

5  そこで、原告は原告代理人をして、混同を回避するために同年六月一二日、大阪家庭裁判所堺支部に相続放棄申述書を提出し、同年八月一八日右申述は受理された(事件番号、平成元年家第五一三号事件)。

尚、最高裁第一小法廷が平成元年四年二〇日言渡した判決によれば、「自賠法三条による被害者の保有者に対する損害賠償債権及び保有者の被害者に対する損害賠償債務が同一人に帰したときには、自賠法一六条一項に基づく被害者の保険会社に対する損害賠償額の支払請求権は消滅するものと解するのが相当である。けだし、自賠法三条の損害賠償債権についても民法五二〇条本文が適用されるから、右債権及び債務が同一人に帰したときには、混同により右債権は消滅する……」と判示された。もつとも、公刊は同年八月二一日発刊の判例時報である。

四  前記認定事実に基づき、まず熟慮期間の起算点がいつであるか、よつて相続放棄の申述が熟慮期間内になされたか否かについて、以下のとおり検討する。

1  前記認定事実によれば、広明(被害者)及び正明(加害者)は双子の兄弟であり、しかも本件交通事故により同時に死亡し、その結果右両名の母である原告が広明の債権と正明の債務の双方を相続したこと、正明は本件事故当時一七歳の未成年で原告に扶養されており、本件事故による債務以外には生前中格別みるべき資産及び負債はなかつたこと、本件事故による正明の債務は一般的な債務と異なり被相続人正明の生前に存した債務ではないうえ、相続人である原告からみた場合双子の子の一方から他方に対する債務という通常起こることが稀なる事態によつて発生した債務であること等から考えると、相続人原告は被相続人正明にはその相続財産として広明に対する本件交通事故に基づく債務が全く存在しないと信じたため相続放棄をしなかつたこと、及び原告が一般通常人として右のように信じたことにつき相当な理由があつたものと認めることができる。

そして、このような場合、熟慮期間は「相続人が相続開始の原因たる事実及びこれにより自己が法律上相続人となつた事実を知つた時から」、即ち原告が右事実を知つた昭和六三年一一月一七日から起算すべきではなく、「相続人が相続財産の全部又は一部の存在を認識した時又は通常これを認識しうべき時から起算すべきもの」(最高裁第二小法廷昭和五九年四月二七日判決)と考えられ、右時期については次のとおり判断する。

2  被告は、本件において原告は正明が本件交通事故の加害者であること、加害者たるものが損害賠償債務を負うことは事故当日から既に知り又は知りうべかりし状況にあつたから事故当日から起算すべきであると主張するけれども、前項で記述したとおり、原告にとつて一つの交通事故から同時に死亡した双子の子の一方が加害者であり他方が被害者であると認識すること自体困難であると思われる事情のもとでは、右時期に原告が正明の広明に対する債務を認識したもしくは認識しうべきであつたとは認めがたい。

つぎに、被告は遅くとも平成元年三月七日から起算すべきであると主張するが、前記認定のとおり、被告が原告に対し最終的に混同により債権債務が消滅するため支払不能である旨の回答をした平成元年五月二二日から起算すべきである。その理由は次のとおりである。

平成元年三月一日頃には被告から原告に対し葬儀費用と文書料として合計八〇万一六〇〇円の支払いがなされることの通知があり(甲第三号証、乙第二九号証)、同月七日頃には右金額が支払われたが死亡保険金の支払いはなされなかつたので、原告は被告の支払拒否の理由を訴外湯川公明を介して被告に聞いてもらつたものの結果その理由についてはよく理解できなかつたのであるが、前記認定のとおりの経緯から原告にとつて、正明の広明に対する債務として認識しにくい状況であつたうえに、混同という法律関係とも密接に係わる債務であるから、被告からの口頭による説明が直ちに理解できなかつたとしても、一般通常人として不自然なところはない。

しかも、被告からの前記支払通知書(甲第三号証、乙第二九号証)には支払拒否についての理由につき何らの記載もなかつたこと、同月七日付けで原告代理人は被告に対し本件においては混同にはならないとの見解のもとに内容証明郵便により死亡保険金の請求をなすとともに、同じ頃、異議申立てを行つており、被告は再審査を行つた結果、その回答を原告に書面でなしたのが同年五月二二日頃であつたが(甲第六号証の一、二、乙第三五号証の一、二)、今回の回答は前回と同様の結論になつたものの、前回とは異なり支払不能の理由を書面でもつて詳細に記載してあること等から考えると被告の見解が最終的に明快に原告に示されたのは同年五月二二日頃であったと認めるのが相当である。

もつとも、同年三月七日付内容証明郵便の文面からすると、原告代理人は被告の混同についての見解を知つていたことがうかがえるけれども、被告の混同についての見解には学説上異論のあるところでもあり、判例上も三月七日時点ではまだ前記最高裁平成元年四月二〇日言渡の判決がだされていないのであるから、必ずしも実務上の取扱も統一されているとはいいがたい状況において、被告からの書面による最終回答が出ていない段階で、原告において予め被告の支払拒否の回答を予想して相続放棄の手続きを取つておくべきであると考えるのは相当ではない。

3  以上により、相続人が相続財産の全部又は一部の存在を認識した時又は通常これを認識しうべき時は、平成元年五月二二日であると考えるのが相当であるから、原告の相続放棄の申述は熟慮期間内になされた有効なものである。

そうすると、正明の相続につき相続放棄をした効果として、原告は始めから正明の相続人とならなかつたものとみなされる結果、正明の広明に対する本件交通事故に基づく損害賠償債務を相続開始示に遡つて相続承継しなかつたことになるけれども、右債務は同時に広明の立場からみた場合広明の正明に対する損害賠償債務でもあるのであり、この広明及び正明の債権債務関係は、本来本件交通事故という一つの不法行為から発生した一つの権利義務関係として同一人格に帰属しており、表裏一体かつ密接不可分の関係にあると考えられるから、正明の広明に対する債務が相続放棄された後も、広明の正明に対する債権のみが右債務と別個独立に分離して存続するものとするのは権利義務関係の一体性から妥当ではないと考えられる。

従つて、正明につき相続放棄の効果が発生すると同時に原告は広明の正明に対する債務も始めから相続承継しなかつたことになるから、その余の点につき判断するまでもなく、広明の損害につき被告に対し請求することはできない。

五  次に、原告の固有の損害について判断する。

1  損害額

(一)  慰謝料 三〇〇万〇〇〇〇円

原告は、慰謝料として総額八〇〇万円を請求しているが、右金額を算出するに際し通常含まれているところの被害者広明分は前記認定のとおり認められないから除外し、原告固有の分のみ算出した場合、前記争いのない事実及び認定事実を併せ考慮すれば、子を失つた母親としての原告固有の慰謝料としての金額は、三〇〇万円もつて相当とする。

(二)  葬儀費用 八〇万〇〇〇〇円

弁論の全趣旨によれば、原告は広明の葬儀費用として八〇万円を要したことが認められる。

(以上合計金額 三八〇万〇〇〇〇円)

2  過失相殺

前記争いのない事実に、成立につき当事者間に争いのない乙第一ないし第二〇号証及び弁論の全趣旨によれば次のとおりの事実が認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

(一)  正明は、原付免許を取得していたが、昭和六三年五月二四日に定員外乗車、同年五月三一日に信号無視、同年七月三〇日にヘルメツト着用義務違反、同年八月三日に通行禁止違反等の各交通違反が重なつたため、同年一〇月二九日から三〇日間の免許停止処分を受けていた。

広明もまた、原付免許を取得していたが、交通違反が重なつて昭和六三年一一月四日から六〇日間の免許停止処分を受けていた。

正明も広明も共に自動二輪車の運転免許を取得していなかつた。

(二)  正明は、運転資格がないにもかかわらず、正明車(自動二輪車)を昭和六三年一一月七日に購入し、事故当日、右車両の後部座席に広明及び訴外裏隠居博士を同乗させて(自動二輪車の定員は二名であるので、正明は再度定員外乗車の違反を犯したことになる。)、無免許で、正明車を運転し、はみ出し禁止の規制のある道路幅員約七メートル、左カーブの本件事故現場道路を相当な速度で進行してセンターラインを越えたため、対向車線を進行してきた訴外熊崎泰規運転の普通乗用車と正面衝突し、三名全員が死亡した。

以上の認定事実によれば、広明は、正明が無免許等の交通違反になる危険極まりない運転をすることを知りもしくは知りうべかりし立場にあつたのであるから、正明の運転を制止するか少なくとも同乗を回避すべき注意義務があるにもかかわらず、漫然正明車に同乗をして正明の交通違反運転に加担した過失が認められ、さらに原告にも親権者として広明や正明が右のような危険な行為をしないように監督すべき注意義務があるにもかかわらずこれを尽くさなかつた過失が認められるから、これらの過失を考慮すると、前記認定の原告の損害合計額三八〇万円から五割を減ずるのが相当である。

従つて、原告が被告に対し請求できる金額は一九〇万円となる。

3  損益相殺

被告が原告に対し葬儀費用として八〇万円を支払つたことは当事者間に争いがないから、前記認定の一九〇万円から右填補額八〇万円を差し引くと、原告が被告に請求できる金額は一一〇万円となる。

六  弁護士費用

弁論の全趣旨によれば、原告が本訴の提起及び追行を弁護士である原告訴訟代理人に委任しその費用及び報酬の支払いを約していることが認められるところ、本件事案の内容、審理の経過、認容額等に照らすと、原告が被告に対して、本件事故と相当因果関係にある損害として賠償を求めうる弁護士費用の額は、一一万円と認めるのが相当である。

七  結論

以上のとおりであるから、原告の被告に対する本訴請求は、前記一一〇万円に弁護士費用一一万円を加えた合計金額一二一万円、及び右金員に対する原告が被告に対し請求した日の翌日である平成元年一月一一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余の請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 阿部靜枝)

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